2026年9月23日、ピン芸人のチャンス大城さんが自身のX(旧Twitter)に1枚の写真を投稿した。
東中野の山手通り沿いにあるセブンイレブンの外観だ。
投稿にはこう書かれていた。
「ここの東中野の山手通り沿いのセブンイレブン 28年前 夜中バイトしてた 椎名林檎さんがお客さんとしてよく来てくれていた 椎名林檎さんに恋してたなぁ」
さらに、「椎名さんがレジで煙草の銘柄言う前に煙草だしたら『私の煙草の銘柄、知ってるんですか?』今考えたら危ない店員やでなぁ 青春の場所やなぁ」と続け、サンミュージックの芸人・きったんさんが撮って送ってくれた写真だと明かした。
最後に椎名林檎さんの「罪と罰」の歌詞を引用し、「僕が渡した煙草の事 『罪と罰』ってあれ僕の歌なんです」と締めくくっている。
この投稿は大きな反響を呼び、投稿時点で約81万回の表示を超えた。
ファンからは「何回聞いても鳥肌」「大好きな曲の背景がこれだったなんて」といった声が上がり、改めてこのエピソードが注目を集めている。
1998年頃、東中野の深夜セブンでの出会い
チャンス大城さん(本名・大城文章、1975年1月22日生まれ、兵庫県尼崎市出身)は、大阪でお笑い活動を経験したのち東京に進出。
知り合いのいない東中野のアパートに住み始め、近所のセブンイレブンで深夜アルバイトを始めた。
当時はまだ20代前半の頃だ。
夜中の3時頃、よく来る女性客がいた。
あごにほくろがあり、派手な格好をした美しい人。
いつも鼻歌を歌いながら店に入ってきて、必ず「ハイライト」のタバコを買って帰っていく。
大城さんはそのお姉さんに一目惚れしてしまったという。
シフトリーダーに相談し、「片思いやから声かけてくれへん?」と頼むと、リーダーが「わかった」と応じてくれた。
ある日、彼女がレジに近づいてきた瞬間、注文される前にハイライトを差し出した。
すると彼女は驚き、「私の銘柄覚えててくれたんですね」と喜んだ。
名札を見て「大城さんって言うんですね」とも。
ここから少しずつ会話ができるようになった。
ある日、いつものようにハイライトを渡すと、彼女がこう切り出した。
「私、今日の朝4時半に、初めてテレビで歌うんです」。
大城さんは「ミュージシャンの方だったんですか。
ここは防犯モニターしか見られないんです」と返し、名前を尋ねた。
答えは「椎名林檎と申します」。
それが1998年のことだった。
椎名林檎さんは同年5月にシングル「幸福論」でデビューしたばかりで、まだ広く知られる前の時期。
大城さん自身も「素敵な名前だな」と感じた程度だったという。
コンパの話と、その後
シフトリーダーが「2対2で合コンしないか」と彼女に持ちかけ、話が進みかけた。
しかしその頃、大城さんは事務所の先輩の手伝いでシフトを何度も変更せざるを得なくなり、結果として東中野のセブンイレブンを解雇されてしまった。
コンパは実現せず、彼女との接点も途絶えた。
その後、椎名林檎さんは急速にブレイク。
「無罪モラトリアム」などのヒットで一躍スターになった。
大城さんは「歌手の椎名林檎さんは、僕の手の届かない、遥か遠い世界に羽ばたいて行かれました」と振り返っている。
このエピソードは、大城さんがラジオやYouTube、自身の著書『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)などで繰り返し語ってきたものだ。
Wikipediaのプロフィールにも簡潔に記載されており、複数のインタビューで内容が一致している。
大城さん自身が「デビュー前の椎名さんに一目惚れしたことから、『俺も、もっと頑張らなアカンな』と思った」と語るほど、芸人人生の転機の一つにもなっている。
「罪と罰」の歌詞とのつながり
特に話題になるのが、2000年にリリースされた「罪と罰」の歌詞だ。
「頬を刺す朝の山手通り タバコの空き箱を捨てる」というフレーズがある。
大城さんは「空き箱を捨てた後、僕の店に来てたんですよ。
あれは僕の歌なんです」と冗談めかして話すのが定番だ。
実際のところ、歌詞が彼のことを指しているかどうかは本人のジョークの範疇だが、山手通り沿いのセブンイレブンという具体的な場所と重なるため、ファンの間で長く愛されるエピソードになっている。
最近の投稿でもこの歌詞を引用しており、「28年前」と改めて時間の経過を強調した点が新鮮に映ったようだ。
投稿に添えられた写真は、現在も営業を続ける東中野の店舗の様子。
青春の場所が今もそこにあり続けること自体が、感慨深い。
チャンス大城さんと椎名林檎さんの現在
チャンス大城さんは吉本興業所属のピン芸人として、『人志松本のすべらない話』や『水曜日のダウンタウン』『さんまのお笑い向上委員会』などに出演。
右心臓(完全内臓逆位)という体質や、数々の波乱万丈なエピソードで知られる。
2025年のR-1グランプリではファイナリストにも進出している。
一方、椎名林檎さんはデビュー以来、独自の音楽世界を築き続け、東京事変での活動も含め第一線で活躍中だ。
興味深いことに、2026年3月には自身のYouTube番組「椎名林檎のおニュー・ザ・ワイド!」でセブン‐イレブン・ジャパン本社を訪れる回が公開され、企業努力を取材する内容が話題になった。
偶然にも「セブン」がキーワードとして重なる形となった。
大城さん自身は「それ以来25年経ちましたが、まだ1回も会ってないです」と過去に語っており、今回の投稿時点でも直接の再会エピソードは確認されていない。
ただ、番組などでこの話を公にした際にスタッフを通じて確認を取った経緯はあるという。
なぜ今、この話が響くのか
28年前の深夜のコンビニで、売れる前のミュージシャンと、売れる前の芸人が交わした何気ないやり取り。
ハイライトを先に差し出した店員と、それを喜んだ客。
その後の人生は大きく分かれ、一方は国民的アーティストに、もう一方はユニークな語り口で知られる芸人になった。
それでも、あのセブンイレブンは今も東中野の山手通り沿いにあり、写真に収められる。
大城さんの投稿は、ただの懐かし話ではなく、「あの頃の自分たち」を優しく肯定するような温かさがある。
ファンが「鳥肌が立つ」と反応するのも、こうした時間の流れと偶然の重なりに心を動かされるからだろう。
チャンス大城さんの投稿は、単なる過去のエピソードの再共有にとどまらない。
日常の中に潜む「もしも」や「あの時」を、軽やかに、でも確かに残してくれる。
東中野のセブンイレブンを通る人は、これからは少しだけ視線を変えてみるかもしれない。
夜中の3時に、ハイライトを買いに来る派手なお姉さんの影を、思い浮かべながら。


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