2026年9月23日、埼玉・ベルーナドームで開催された「INKIGAYO LIVE in TOKYO」2日目。
韓国の人気音楽番組「SBS人気歌謡」の日本公演として、IVE、BE:FIRST、&TEAM、INI、HANAなど国内外のアーティストが登場する中、最後を務めたのがAdoだった。
終演後、会場内外で不満の声が目立つようになり、SNS上でも議論が広がった。
イベントは9月22日と23日の2日間。
1日目はTOMORROW X TOGETHER、RIIZE、NiziUなどを中心に、2日目はIVEをはじめ日本勢も多く並ぶ構成だった。
単日券は税込1万8000円前後、通し券は3万3000円程度と、決して安くはない価格帯だ。
客層の多くはK-POPファンで、個々のステージだけでなく、イベント全体の流れを楽しむ人が少なくない。
何が起きたのか
2日目の終盤、Adoが登場した。
セットリストでは「Monstruo」の後に「おどるポンポコリン」が披露され、大トリを務めた。
パフォーマンス終了直後、退場案内が流れ、出演者全員が再登場するフィナーレはなかった。
一方、1日目にはフィナーレがあったとの報告が複数ある。
K-POPの合同ライブでは、最後に出演者たちがステージに揃い、ファンに手を振る締めの時間が定着している。
推しのパートが終わった後も、その瞬間を求めて残る観客は少なくない。
それが2日目だけ省略されたことで、「フィナーレ込みでチケットを買ったのに」「同じ興行なのに差がある」との声が上がった。
さらに、Adoのステージ前後で観覧ルールが強調された。
写真撮影・録画・録音の禁止に加え、双眼鏡の使用も不可と案内された。
ステージ上には撮影を遮るための装置が設置され、IVEのステージ中から準備が進んでいたという目撃談もある。
K-POPのライブでは、主催者が許可した範囲でスマホ撮影を認め、SNSに投稿する楽しみ方が一般的な場合が多い。
そのため、普段と異なる制限に戸惑いが広がった。
終演後、会場からブーイングが出たという複数の報告がある。
X上では「なんでAdoのせいでフィナーレ無くなったの」「トリがAdoで終わったら会場ブーイング」「人気歌謡なのに日本ルールを全体に付けるな」といった投稿が並んだ。
選曲についても、「最後がおどるポンポコリンだった」「HANAがBIGBANGの曲をカバーして盛り上げていたのと対比が目立った」との指摘があった。
なぜ不満につながったのか
背景には、Adoの活動スタイルがある。
Adoはデビュー以来、素顔を公表せず、ライブではシルエットや特殊な演出でパフォーマンスするスタイルを貫いている。
単独公演では撮影禁止が徹底されることが多く、ファンもそれを理解した上で足を運ぶ。
今回のイベントでも、Adoパートは配信対象外と案内されていた。
しかし、今回は単独公演ではなく、多数のアーティストとそのファンが集まる合同イベントだ。
多数派の観客はK-POPの慣習に慣れた層で、撮影やフィナーレを前提にチケットを購入している。
Adoを大トリに配置したことで、禁止ルールが終盤まで広がり、フィナーレの実施が難しくなった可能性が指摘されている。
前半や中盤なら、設営を開演前に終え、制限をAdoパートに限定できたかもしれない、という見方もある。
運営側の判断についても、議論の的になった。
Adoの出演自体は6月の開催発表時から公表されており、サプライズではなかった。
公式も名前を売り文句に使っていた。
争点は「出すこと」より「どこに置くか」や「全体の構成をどうするか」にある、との指摘が多い。
1日目と2日目でフィナーレの有無が異なったことも、「不平等だ」と感じる要因になったようだ。
一部では「Adoのせい」と直接的に批判する声もあるが、撮影禁止そのものは公式ルールとして全般に適用されていたとの情報もある。
Ado固有の要素として、双眼鏡禁止や檻状の装置、大トリ配置が挙げられ、それらが重なった結果、不満が集中した形だ。
ファン層の違いと運営の課題
この出来事は、異なる音楽文化のファン層が一つの場に集まったときに生じる摩擦を浮き彫りにした。
K-POPファンにとっては、フィナーレは「推しにもう一度会える」貴重な時間であり、記録を残すことも楽しみの一部だ。
一方、Adoのファンにとっては、彼女の世界観を守るための制限は当然のものだ。
双方の前提がずれていたことが、大きな要因だったと言える。
選曲についても同様だ。
Adoが自身の代表曲だけでなく、国民的アニメの主題歌で締めたことは、単独ライブなら意外性として受け入れられやすい。
しかし、K-POPの祭典の締めとして見た場合、一部の観客には「場違い」に映ったようだ。
アーティストの選曲の自由は尊重されるべきだが、合同イベントでは全体の雰囲気とのバランスも問われる。
運営側には、出演者それぞれの事情を踏まえつつ、イベント全体の満足度をどう設計するかという課題が残った。
チケット代を支払った観客にとって、個々のステージだけでなく、終わり方まで含めた体験が重要になる。
フィナーレを期待して遠方から訪れた人や、VIP席を購入した人にとっては、特に影響が大きかった可能性がある。
今後への示唆
Adoの歌唱力や独自の表現は、今回の議論の中でも評価する声が少なくない。
問題の核心は、彼女のスタイルそのものより、多数派のイベントにそのスタイルをどう組み込むかにある。
運営が配置やルールの適用を工夫すれば、摩擦は避けられたかもしれない。
一方で、観客側も、事前に公表された出演者とルールを確認した上で足を運ぶ姿勢が求められる。
異なる文化が交わる場では、互いの前提を理解する余地が必要だ。
この一件は、音楽ライブが単なるパフォーマンスの場ではなく、ファンの期待や文化的な慣習が交錯する場であることを改めて示した。
日韓のアーティストが同じステージに立つ機会が増える中で、運営がどうバランスを取るかが、今後の合同イベントの成否を左右するだろう。
情報は複数の報道や会場にいた人々の報告に基づいている。
フィナーレがなかった正確な理由や、運営の詳細な意図は公式から明確に発表されていない部分もあるため、確認できた事実を中心にまとめた。
イベントはすでに終了しているが、こうした声が次の企画にどう活かされるかが注目される。


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