2025年11月30日、ヴィッセル神戸は日本中を驚かせるニュースで揺れた。
FC東京との第37節ホーム最終戦後のセレモニーで、吉田孝行監督(48)が今季限りで退任することを電撃発表したのだ。
涙を流しながら語られたその言葉は、神戸の歴史における一つの時代の終わりを告げるものだった。
黄金期を築いた3度目の登板
吉田監督がヴィッセル神戸に帰ってきたのは2022年6月のこと。
その時、クラブはJ1最下位に沈んでいた。
当時の昇格なし確実か思われた状況下で、神戸の強化部スタッフだった吉田氏が監督の座に就く。
これは彼の3度目の登板だった。
現役時代、吉田は1998年の天皇杯決勝で横浜Fマリノスの優勝を決めるゴールを決めたレジェンド。
神戸でもプレーしたこの名手が、どん底のチームをどう立て直すのかが注目された。
結果は誰もが知るところだ。
2022年のシーズンを通じて12位での残留を実現した後、翌2023年にはJ1初優勝を成し遂げた。
さらに2024年には連覇を達成。
同年は天皇杯も制して2冠を獲得している。
今季、無冠に終わる——それでも残したもの
しかし今季は状況が異なった。
リーグ戦では優勝争いを演じたものの、最終的には2位で終戦。
11月22日の天皇杯決勝では町田ゼルビアに1-0で敗北し、タイトル獲得はならなかった。
試合後、吉田監督は以下のように語った:
「今シーズンもタイトル獲得を目標に頑張ってきましたが、自分の力不足でタイトルを獲得できず、本当に申し訳ございません。今シーズン限りで退任することにしました」
この言葉に込められた責任感と潔さは、彼の指導者としての真摯な姿勢を物語っている。
「競争と共存」——吉田哲学の根底
では、吉田監督が3年間で成し遂げたことは何なのか。
それは単なるタイトル獲得ではなく、クラブの組織としての大転換だったと言えるだろう。
吉田が掲げた理念は「競争と共存」。
これはスター選手であっても、決して特別扱いしないという原則を意味している。
2023年の優勝時、吉田はレジェンド中のレジェンド、アンドレス・イニエスタの出場時間さえもコントロール。
シーズンを通じた総合力の強化に徹した。
このアプローチは、リーグ全体に大きな影響を与えた。
かつての神戸は国内では「タレント集団」の形容をされることもあった。
しかし吉田の下では、個々の能力ではなく「システムとしての強さ」が重視されるようになったのだ。
ハードワークとハイプレス——神戸スタイルの確立
吉田が2023年シーズンから実行に移した戦術変更も革新的だった。
前線からの積極的なハイプレスと、奪ったボールからの素早いカウンター。
この高い守備の強度とスピード感あふれる攻撃が、「神戸スタイル」として定着したのだ。
選手たちにとって、この方針への転換はハードだったに違いない。
しかし吉田は「選手たちに本気で向き合う姿勢があるか」を問い、覚悟を決めさせた。
実際、この戦術への適応が、それ以降の成功の土台となった。
なぜ今退任するのか——未来への不安と完全燃焼
天皇杯決勝での敗戦は、吉田監督にとって心理的な転機となったのだろう。
無冠という結果もさることながら、シーズンを通じた試合の内容面でも、2023年、2024年の完成度には及ばなかった部分がある。
加えて、クラブの現状も大きな要因と考えられる。
大迫勇也(34歳)、武藤嘉紀(32歳)、酒井高徳(33歳)、山口蛍(34歳)など、チームの中核を占める主力選手が軒並み30代中盤から後半へと突入しているのだ。
2024年天皇杯決勝での先発メンバーの平均年齢は29.4歳。
これは日本の主要なクラブの中でも屈指の高さだ。
世代交代は避けられない局面を迎えており、その転機を自ら設定することが、吉田の決断につながったのだろう。
「新たな環境でチャレンジしたい」——この言葉に、彼の野心と誠実さが表れている。
クラブと強化方針などを巡ってズレがあり、最終的に契約更新に至らなかったという。
クラブへの遺産——構造的な強さの定着
一方で、吉田監督の3年間の仕事は大きな遺産を神戸に残している。
それは「常勝体質の確立」だ。
2022年の残留から、2023年初優勝、2024年連覇・2冠達成。
この急速な上昇軌道は、単なる運ではなく、組織的なアプローチの成果である。
吉田が構築したシステム、育成方針、選手の起用法は、彼の後任者の基礎となるだろう。
たとえ次の監督が異なるスタイルを持っていても、このプラットフォームがあれば、神戸の競争力は大幅には低下しないと考えられる。
実際、クラブは大迫勇也や武藤嘉紀といった主力選手との契約延長に成功している。
これは吉田体制下で築いた信頼関係の証左だ。
日本Jリーグ史における位置付け——次の時代へ
吉田孝行という名前は、これからどのような形で日本サッカー史に刻まれていくだろうか。
確実に言えることは、彼がヴィッセル神戸というクラブを「可能性」から「現実」へと変えたということだ。
2023年のJ1初優勝は、クラブの歴史において最も輝かしい瞬間の一つになるだろう。
また、指導者としてのフィロソフィも明確である。
「競争と共存」「ぶれない采配」「ハードワーク」——これらは、日本サッカー界における一つの教科書的スタイルとなり得る。
後任は?クラブと選手の想い
今、神戸サポーターの多くは、次の監督が誰になるのかに注視している。
吉田が築いた土台の上に、新たなチームビルディングを行う人物は、どのような個性を持つべきなのか。
クラブは2026年シーズンへ向けて、厳しい選択を迫られる。
吉田を超える理想的な後任者がいるのか。
それとも、吉田の遺産を最大限に活かす堅実な運営者が必要なのか。
一方、選手たちもまた、新しい環境への適応を迫られることになる。
大迫勇也が「このチームでさらに成長できると思った」と述べて契約延長を決めたように、神戸という組織への信頼は依然として強固である。
後任候補には、ACLE2024―25シーズンで神戸が敗れた韓国1部・光州FCのイ・ジョンヒョ監督や、26日にJ1広島を今季限りで退任することが発表されたミヒャエル・スキッベ監督が挙がっている。
涙の別れ——でも終わりではなく始まり
ホーム最終戦のセレモニーで、吉田監督は「僕の胸には神戸魂が詰まっています」と述べた。
現役時代からの24年間(選手16年、指導者8年)で神戸に注いだ情熱と愛情は、簡単に消えるものではない。
今季での退任決定は、決して「逃げ」ではなく、一つのプロジェクトの完成を意味しているのだろう。
吉田は神戸を「可能性のクラブ」から「確実に結果を出すクラブ」へと変えた。
この仕事は終わった。
次の時代は、新しい指揮官の手に渡る。
しかし、2023年と2024年のタイトル、そして構築されたシステムと組織文化は、吉田孝行の遺産として、永遠に神戸に刻まれることになるだろう。
ノエビアスタジアム神戸で涙した名将の別れは、新しい扉の開き方を示しているのだ。
追記:2025シーズンの成績
吉田孝行監督の最終シーズンとなった2025年の神戸は、以下の成績でシーズンを終えた:
- J1リーグ:2位(31試合で勝点と詳細は試合継続中)
- 天皇杯:決勝敗北(町田ゼルビアに1-0で敗北)
- その他:ルヴァン・カップなどで敗退
無冠という結果は、吉田にとって重い決断を促したに違いない。
しかし、3年連続でのリーグ優勝争い、複数シーズンでのタイトル奪取という実績は、J1の強豪として神戸の地位を確立したことを示している。


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